Research note

『予測の技術』— プロローグ

『予測の技術』— プロローグ

SEOUL · SINGAPORE · DUBAI

予測の技術

AI時代に代替されない「人間の判断力」を鍛える  ·  李 大珍


プロローグ

AI時代、私たちは
これから何で食べていくのか

決定的な瞬間に、直観がモデルに勝つ場面を目撃したことがある。2021年3月、私はBBCワールドニュースの生放送インタビューを控えていた。スエズ運河で座礁した超大型コンテナ船「エバーギブン号」がいつ再び浮かぶのか——世界中の関心がその一点に集まっていた。あらゆるモデルが、強風、浮力の計算、運河の底との摩擦力といった変数を扱っていた。韓国の両親に電話で近況を尋ねていたとき、その話をしたところ、母がごく自然にこう言った。

「心配いらないよ。あの船は来週の初めがアホプムル*だから、じきに浮かぶさ」

* アホプムル(ahopmul)——韓国の伝統的な潮汐用語。陰暦に基づく潮汐周期のうち、満潮が最も高く満ちる時期の一つを指す。日本の「大潮」にほぼ相当する。

母は韓国の漁村の近くで育ち、生涯にわたって潮の満ち引きを見て暮らしてきた人だ。母にとって満潮の周期はモデルではなく、日常の直観だった。インタビューのために徹夜で準備した資料のどこにも「アホプムル」という言葉はなかった。しかしその一言はどんなモデルよりも正確で、インタビューが終わって数日後、母の直観どおりにあの船は浮かび上がった。

母の直観がモデルに勝ったのは、神秘ではなかった。見慣れたパターンに数十年にわたり繰り返し触れ、潮が満ちて引くたびにその判断の正否がすぐに確かめられる——そういう暮らしが生み出したものだった。本能のように見えるものは、実は長年の経験が圧縮された結果である。専門家の直観を研究してきた心理学者ゲーリー・クラインが説明した、まさにそのメカニズムだ。モデルはデータでつくられる。直観もまた、より長い時間のデータでつくられる。ただそのデータが、意識の外に蓄積されているだけなのだ。この違いが、本書の出発点のひとつになった。

私の居場所はあるのだろうか

私は近ごろ、毎日のように同じ問いを自分に投げかけている。AI時代、私たちはこれから何で食べていくのか?

グローバル・コンサルティング業界の新卒採用は、すでに縮小や凍結が始まって久しい。ChatGPTが世界を席巻してからわずか数年で、Gemini、Claude、Perplexity、Grokをはじめとする数多くのAIツールが登場した。必要なときにはAIがたいていの師匠よりも明快に概念を説明してくれるし、定型化された技術的業務では専門家レベルの深さを見せる。

アナリストのブラウザでは、検索窓よりAIツールのほうがすでに身近な存在だ。新入社員のころによくやった資料収集や海外ニュースの要約はAIのほうがはるかに速く正確にこなし、ヘッドトレーダーの下で見て学んでいたジュニアトレーダーの役割も、いまやAIのほうがうまくこなす。雑用を手伝いながら見て覚える——そんな徒弟制の時代が終わりつつある。

まもなくフィジカルAIとロボットが結びつき、多くの肉体労働もまた代替されようとしている。はたして人間がAIより先を行ける領域は、まだ残っているのだろうか。大きな成功の話をしているのではない。私たちは、そして私たちの子どもたちは、この不確実な世界を生き抜くために、これからどんな能力を育てればよいのだろうか。

本書を書きながら、私はその問いへの答えを探していった。

AI以後も残る仕事

ここ数年、私は誰よりもAIの助けを借りてきたが、仕事が減るどころか、むしろ新しい仕事をより多く手がけている。モデリングや情報収集・検証のために世界中の同僚たち、とりわけデータサイエンティストのチームと協業し、やりとりに費やしていた時間は目に見えて減った。しかしカバーすべきセクターの範囲は広がり、検証し、自分のものとして消化すべき作業はかえって増えた。

単純作業の負荷が減った一方で、うまく説明はできないが「なぜか分かる」という類いのインサイトは増えた。その気づきを分かりやすく書き、話し、共有する仕事は、いっそう重要になった。AIが大量の情報を高速で処理するほど人間に残る仕事は減っていく——そう思っていたが、違った。仕事はただ、変わったのだ。

その接点にヒューマン・エッジ(Human Edge)がある。人間がAIや機械といった道具に先んじることができるのは、単純な情報処理量ではない。文脈を読み、結果を疑い、異なるシグナルをつなぎ合わせ、最後は自らの判断で責任を取る能力である。私はその領域を「予測の技術」と呼んでいる。

予測の技術

私たちは未来を知ることができない。しかし人生は予測の連続であり、その結果から逃れることもできない。予測は外れるものだ。

経済学者ハジュン・チャンは『ケンブリッジ式 経済学ユーザーズガイド』の中で、投資の量は投資する人が未来にどんな期待を抱くかによって変わり、その期待は合理的な計算よりも心理的な要因に左右されると指摘している。未来が不確実性に満ちており、その不確実性が「未知の未知(unknown unknowns)」から生まれるためだ。

知らないことすら知らない未知数があまりに多いからこそ、未来はつねに畏れと謙虚さの領域である。だからといって、予測を放棄するわけにはいかない。

私たちはいつも後悔する。

「あのとき、最初に思ったとおりにしておけばよかった」

「雰囲気に流されなければよかった」

「ああ、こうなると分かっていたのに……」

振り返れば、後悔の理由はたいてい似通っている。あのときの判断ミスをひとつずつ見つめ直してみると、もしかすると避けられたかもしれない、もう少しうまく予測できたかもしれない、という思いがわいてくる。

ビジネスではあらゆる決定が需要と供給の予測に基づいており、人間の感情と社会の流れによって成否が分かれる。日常でも同じだ。稲妻が走ればまもなく雷鳴が聞こえると予想し、夏休みが近づけば航空券や宿の価格が上がると見込んで早めに予約する。私たちはつねに予測し、判断し、行動しながら生きている。

予測の技術とは、未来を正確に言い当てる技術ではない。不確実な状況の中で、何を見て、何を疑い、どのシグナルをより重く見るかを判断する技術である。不動産、株式、コモディティ市場から米大統領選やビットコインまで、優れた予測の専門家たちには一脈相通じる原則がある。『予測の技術』は、その原則を現場の言葉で解きほぐそうとする試みだ。

現場で学んだ原則

本書は抽象的な理論書ではない。海運・造船およびコモディティ(原材料)貿易の現場で、実際に分析と予測の業務を担ってきた現役アナリストの実務的な視点から書いた。私は営業チームでキャリアを始め、先物トレーダーを経て、専門的な産業コンサルティングに携わるためにアナリストになった。経済学的な観点よりも、実行の観点に立った分析業務を主としてきた。

世の中にはさまざまな予測の原則がそれぞれ別個に存在するが、実際の業務では同時に適用される。だからこそ本書の各章も、独立していながら結局は互いにつながっている。韓国および海外のリサーチチームのメンバーをメンタリングしながら教えてきた経験をもとに、予測と分析を行う際に必ず点検すべき事項をひとつずつ整理した。

本文では、不動産市場、コモディティのサプライチェーン、地政学的危機、AI時代のデータの誤り、ノイズにまみれたニュースの中から正直なシグナルを見つけ出す方法まで、さまざまな事例を扱う。成功事例だけでなく、失敗事例も併せて記した。

コモディティ市場と海運・運賃構造をより深く理解するために必要な現場の事例と用語は、付録「コモディティ・レッスン101」に別途まとめた。本文を読むうえで欠かせない概念はできるだけその場で解説したが、より具体的な産業の背景や実務の文脈を知りたい読者は、付録を併せて参照するとよい。

予測は、当たった結果だけでは完成しない。なぜ外れたのか、何を見落としたのか、次はどんな問いを立てるべきか——そこまで検証して、はじめて技術になる。

私の経験が、現場で毎週決定を下さなければならないアナリスト・マネジャー・トレーダー・経営幹部の方々、そしてアナリストの視点から投資の原則を学びたい読者の方々に、少しでも役に立つことを願っている。

最後に、最初の読者である妻が本書の最初の編集稿を読み、とてもよかったと言ってくれた。理由を尋ねると、あなたがどんな腹づもりで物事を決め、判断しているのか、ようやく分かった——という答えが返ってきた。読者のみなさんも、アナリストの頭の中を一度のぞいてみることができるのではないだろうか。そしてその言葉が、これはきっと誰かの役に立つという確信と勇気を私に与えてくれた。何より、これらすべての決断の陰の立役者であり、毎回私より先に私の可能性を信じて応援してくれた愛する妻に、感謝の言葉を伝えたい。そして、人工知能とともに生きていくことになる二人の娘にも、愛と応援の気持ちを込めて本書を捧げる。

2026年春、ドバイにて

李 大珍

第1部

何を見るべきか — 市場のシグナルを読む


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